維坊と青州 ほかの町

青州博物館仏像群

1996年10月16日早朝、青州博物館の裏手を散歩していた王華慶館長は、龍興寺発掘工事中に掘り起こされたあとの土層の一部が周囲といささか異なっていることに気付いた。王氏は、すぐに作業をやめさせ、夏名菜副館長を呼ぶとふたりで、スコップで掘り下げていった。
 やがて、薄暗い土中からいくつかの石塊が顔を出した。それらを懐中電灯で仔細に観察してみると、そこには彩色も目に鮮やかな石仏像が幾体となく折り重なっていた。二人が発見したのは、南北朝時代(439〜589)に隆盛をきわめた青州龍興寺の地下に作られた石仏の窖蔵だった。
 さらに窖蔵を掘り進めていくと、あまたの破壊片とともに3層に重ねられた石仏像が現れてきた。坐像は縦に置かれ、比較的完全な仏像は中間に、頭だけの像はあなの土塀にそってきちんと並べられ、最上段の石仏にはむしろで覆ったあとや焼香の痕跡が認められた。あきらかに計画的組織的にかくし埋められた物です。青州市博物館は技術者を総動員して発掘整理の作業にあたりました。
発見後
 窖蔵は底までの深さ345cm南北680cm東西870cmの大きさで、その中に400体あまりの石仏が埋められていた。大きい仏像は光背を含めて3メートル以上、小さな物約50センチ、石材の95パーセント以上が青州産の青灰色石灰岩で、他にわずかながら大理石(漢白玉)、陶質や鉄、泥塑、木質のものもある。製作年代は造像記によると、529年(北魏)から1026年(北宋)にいたる約五百年間に及んでいた。
 掘り出された石仏群の造像技術がハイレベルであるばかりでなく、千年の時を経ているにもかかわらず、ほとんどの石仏に施されている朱や緑や白や黒の彩色が鮮やかに残っておりふんだんに用いられている金箔が今も燦然と輝いています。仏教美術史上、北魏から北斉における仏像はほぼ間違いなく鮮明な色彩に覆われていたことを新発見の青州仏は証明していました。
 これまで雲岡、龍門など北魏から唐にかけての石窟は知られていたものの、現存する北魏から北斉期の単体石仏の作品は限られていただけに、きわめて質の高い大量の青州石仏の出現は世界の仏教芸術研究者を震撼せしめるほどの事件でした
 中国国家文物局は、青州出土の石仏を「1996年全国十大考古新発見」のひとつに指定しました。
 龍興寺は中国北朝時代から明の時代まで1100年も栄えた寺院です。日本の有名な遣唐使円仁法師もここに尋ねたことがありました。
 
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